今年は「開港の地で、翻訳・通訳の未来を切り拓く」をテーマに、文字通り「開港の地」である横浜市の開港記念会館(ジャックの塔)で開催された第34回JTF翻訳祭2025に参加しました。オンデマンド配信は2025年10月1日から31日まで、会場での開催は11月5日の日程で行われ、LLM翻訳に関連するセッションが多く、AIが躍進する時代をどう生き抜くかを考えさせるプログラム構成になっていました。
オンデマンド配信では、LLM翻訳の最前線を知る上で、2023年から始まったNTT コミュニケーション科学基礎研究所の永田昌明氏のセッションは、最低限のリテラシーを身に着けて現状を把握するために必須です。現在、LLMの多言語化が進められていますが、生成された訳には湧き出し(ハルシネーション)や訳抜けの問題が依然として残っています。また、DeepSeek R1などのLRM(大規模推論モデル)も登場しましたが、実行するたびに異なる推論過程と回答が返されることが指摘されました。結局のところ、LLM翻訳にはいまだに解決できない問題が多く、流暢な訳文を出力しても、むしろPE(ポストエディット)は人間の翻訳を校正するよりも骨の折れる作業なのです。

会場開催では、時代を感じさせるレトロな講堂の中、開会式の後に一般社団法人今井むつみ教育研究所の代表理事・所長である今井 むつみ氏による基調講演「AI時代に求められる言語力」が行われ、言葉を操る上でAI(LLM)と人間との違いについて考えさせる意義深い内容でした。人間は、物事の本質を切り取り、AIに比べて限られた情報処理能力で言葉(記号)の意味を学習していきます。また、論理的でない特有の対称性バイアスやアブダクション推論によって、新しい知識や創造を生み出します。一方、AIは膨大なデータ量と高い情報処理能力を用いて、機能推論によって文書構成をシミュレートできるように学習(トレーニング)されます。しかし、現在のAIは学習データの平均的な範囲にしかとどまることができず、一流の人間の領域には達することができないのです。
興味深いセッションは、そのほかにもたくさんありましたが、LLM翻訳はまだ発展途上であるため、周りから聞こえてくる懸念とは裏腹に、人間の翻訳者に取って代わるにはまだ時間がかかりそうという印象が強く残りました。特に、日本語とポルトガル語などの英語を介さない言語ペアに特化した信頼できるLLMは、この先も開発されない可能性すらあります。しかし、高性能な家庭用PCでも実行できるオープンソースのAIモデルが公開されているので、いっそのこと、自分のニーズに合わせて、トレーニング(継続事前訓練)やファインチューニング・最適化させるという手もあります。やはり時代とともに主流となっていったCATツールや機械翻訳(NMT)と同様に、LLMをどのように活用し、使いこなすかが、今後ますます重要になっていくと感じました。